やってくるチャンスに乗り「できること」を自然体で:佐藤惠子さん

インタビューの第二弾は、一般社団法人 障害者就労支援協会を運営されながら、ドリームマップ協会の理事、ひきこもりフィーチャーセッションやひきこもり大学などでファシリテーションをされている佐藤惠子さんの人生にスポットを当てます。

多種多様な経歴をお持ちの佐藤さんの人生について伺ってみました。

タバコ屋経営と青年の船との出会い

—以前はタバコ屋の経営をされていたとききましたが、どういう経緯だったんですか?
佐藤:父が会社役員になった時に、もともと経営していたタバコ屋をやめようという話になったんです。でも、長年タバコ屋をやっていると権利収入があったので自動販売機と卸だけでもけっこう良い収入になったんです。しかも、週に一回、しかもタクシーで行くだけなんです(笑)。

当時の私は身体が弱くて、まともに就職できるか自信がなかったんです。「私はダメな人間だ」って思ってましたから。そんなこともあって自分から手を上げて始めたんです。

手伝いだから給料は安かったですよ。月に4万ももらえないくらいだったし、家の掃除とか食事も作ったりしながらのお仕事でした。でも、勤務は確かに楽でした(笑)。

—よく街角で見かけるタイプのタバコ屋さんですか?
佐藤:自動販売機2台だけの店舗でした。しかも、ビルの中に2台いれてるだけなので、そんな大変な仕事ではないんです。扱うものも軽いし(笑)。これはいいと。当時は文句言われずにいたらいいし、働きたくないと思っていたので、ちょうどよかったんです。

そんな時に「宮城県青年の船」という北京への連絡船事業の話をたまたま耳にしました。私の母は終戦までずっと中国にいて北京で劇場をもっているようなお金持ちだったらしくて。昔からお嬢様生活の話を聞いていたので北京に憧れがあったところに、そういう話がきたので、これは行くしかないという話になりました。

青年の船
日本と東南アジア諸国の青年が、「青年の船」に乗船し生活を共にする中で、各国事情の紹介やディスカッション活動、船内及び訪問国において各種交流活動を行うことにより、相互の友好と理解を促進することを目的とした活動の事。県や民間など、幅広い団体が存在した。

内容は、全然よくわかってなかったんですけど、10万円で北京に行ける!ってことで私は応募しましたね(笑)。私、仙台生まれの仙台育ちで、それまで外にでたことがなかったんですが、そこで初めて農家の人とか漁業の人とか大工さんと一気に話ができて、世の中ってすごいんだなーって思いましたね(笑)。

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仕組みに興味があった幼少期

—では、そこにいかれるまでは、一般的なお嬢さんだったんですね。
佐藤:普通のサラリーマンの娘でした。あんまり勉強が好きじゃなかったので文句言われないように勉強してましたね。それと、私三人兄弟の一番下だったので発言権がなかったんです。私が一言発言しただけで10倍とか100倍とかで返ってくるような感じ(笑)。 なので、とにかく怒られないように、無難に”そういう”学校にさえ行っておけばって感じでした。大学を選んだのも地元のお嬢さん学校と言われてるところにいけば、文句いわれないだろうなって(笑)。そうやって進路決めてました。

—従順なお子さんだったんですね。
佐藤:従順じゃないですよ(笑)。すごく反骨心があるだけに怒られる事が多かったです。家の中ではとっても異質な存在だったんだと思います。だから怒られないようにするために必死でしたね。大学も最初は獣医の学校に行きたかったんですけど、獣医は費用がかかるし、当時、仙台に学校がなかったので。だから、諦めて無難に…。って感じでした。

—でも、反骨心だけはもったまま(笑)。
佐藤:そうですね。私の好きな事は家の人は嫌いでしたから。世の中の人は、私が好きなことを言うと嫌な顔をするのがわかってたので、なるべく本性ださないように気をつけてました。

—では、当時はどんな事に興味があったんですか?
佐藤:虫とか大好きだったんですよね。

ーそうだったんですか!
佐藤:自然とかものの構造とかも好きでした。子どもの頃、おもちゃとか買ってもらうじゃないですか?で、そのやって買ってもらえたおもちゃを私は分解しちゃうんですよ(笑)。「買ったのにすぐ壊して!」って母から怒られてました。

でも、私にとっては、買ってもらった時点で自分のものですよね。なにしてもいいじゃないですか。だから中を見てみたかったんですよ。たしかに分解してしまって元に戻らなくなったりはしてましたが(笑)。

ー親御さんにしてみれば、怒るかもしれないですね(笑)。
佐藤:「もう買ってやらない!あんたには壊れた時計がぴったり!」みたいな事を言われちゃったりして(笑)。それを言われた私は「壊れた時計でもいいです。なんか分解してみたい…」って思ってましたね(笑)。

ー中身の構造というか、そういうところに興味があったんですね。
佐藤:そうです。モノの仕組みをずっと見るのが好きなんです。だから、おもちゃ売り場にいって、買ってもらえなくても、ずーっと観察して中身をずーっと考えるっていう子どもでした。何にたいしてもそうでした。これは、どういう構造だとか。

今でもそうですよ。例えば、目の前にホチキスとか置かれたら、そのまま一日中みてたりしますね(笑)。結果、壊したりしますけど。だから、ものとか人とか、動くものは興味あります。どうして、これがここに存在するんだろうって?その意味はなんなんだろう?とか、なんでみんなつらなって歩いてるんだろうとか(笑)。

ー獣医さん希望だったっていうのも納得ですます。
佐藤:そうなんですよ。動物も元々大好きで、近所の野良犬を手懐けたりしていました。やっぱり動物と一日小屋で暮らしてもいいなと思ってたんですけど都会に住みながら動物を扱う仕事って獣医くらいしか浮かばなかったんです。飼育係はハードそうじゃないですか(笑)。

ー(笑)。農家に嫁がれるっていうところにも繋がるんですね。
佐藤:そうそう(笑)。