廣水乃生さんインタビュー その2:幸せの正体とのりさんのビジネス

今回は、コミュニティファシリテーションの元代表であり、今は、SDGsの流れの中で人も世界も変えていこうと活動されている廣水乃生さん(以下:のりさん)にお話を伺いました。

インタビュー日は、2019年3月21日でしたので少し前にはなりますが、その時点で、のりさんがどんなふうに世界を見つめ、どんな視点から何をしようとしていたのか?

今回はその第二回目です。
前回の記事はこちら↓

おち対話デザイン事務所

元コミュニティファシリテーション研究所所長で、現在SDGsを通して、サステナビリティの高い社会や環境を実現するべく活動さ…


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のりさんが考える幸せとは?

越智:さっきの学ぶ話の中で、「幸せの享受しやすさ」って言葉がありましたけど、のりさんが考える幸せの正体について伺ってもよいですか?

のり:感覚的でもあるんだけど、すごくシンプルな答えなんだよね。例えば、今おっちーとのこの時間がすごくじーんとしてて楽しいし、何かをすごく共有してる感じがあって。おっちーも楽しそうな感じがしてて、そのエネルギーのやり取りが巡ってる感じっていうのかな。それがなんか気持ちいいっていうか。

答えにはならないんだけど、ここ半年の間、人生の質とはどこに存在するか?っていうことを考えてて、その一つの答えとして、質っていうのはこの瞬間の中に存在してるんだなって思ったのね。この瞬間のクオリティがすべてなんだと思うわけ。

じゃあ、この瞬間の中のクオリティってなに?って言うと、ストレスがない状態に尽きる。例えば、なんかごまかしてるときとかは、それがストレスになっていく。バリアしなきゃみたいな。そうすると、癖であざとい表現をしてしまったりしちゃう。もっとストレートに正直にいったらこうだよねってことを、怖さがあって言えなくなる。

例えでいうと、昨日寝坊したのよ。8時に出勤しないといけないのに、目が覚めたら7:59だったのね笑。職場まで自転車で10分くらいなんだけど、用意してたら30分かかる。「やべー、アウトやん」って思って、教頭先生にメールして。そのときに、なんて書くかなのよ。

越智:そういうシーンありますね(笑)。

のり:そのときに、正直に書くのか、嘘を書くのか。「こういうことが起きているので、間に合いそうにありません」とか、いろいろあるじゃん。何が正解ってわけじゃないんだけど、そのときは「教頭先生おはようございます。寝坊しました。とにかく向かいます」って正直に送ったのよ。

で、それでまあ、怒られるなら仕方ないし、それで信頼を失ったらそれはそれで仕方ないとも思うんだけど、なんかそこでさ、一瞬考える自分もいるわけよ。ちょっとあざとく考えちゃうというか。いつのまにか、それを知らないうちに上手な言い方ができるようになっちゃったんだよね。屁理屈つくったりとか、交渉上有利に進める話し方を考えるのは得意になっちゃった。

でも、本当に自分が関わった人に対して、正直に誠実にいるっていうほうが、いいかなと思うのね。知らないうちに怖さから自動的にごまかしちゃう部分と向き合って、一個ずつ対処していくしかないよなって。でないと、そのシワはずーっと残って、相手側が負わなきゃいけない形になったりするからね。

痛いけども、そういう自分を受け入れていって分かち合う。それによって関係が壊れてしまうことがあるんだとしても、覚悟もしながら進む。

越智:なんか、不自然なものを取り除いてる純粋な感じがします。

のり:そういうにしたときに巡り巡ってくるものがあって、実はそういう自分でいることが人を幸せにしてるかもしれないと思うのね。

で、昨日職員室に入るときに、さあどんな顔で入ろうかと(笑)。おれは、笑顔で「すみませーん、寝坊しました」ってみんなに言ったのね。そうしたらみんながガハハハって笑ってくれて。

そういう状況を笑って受け止めてくれるっていうのは簡単なことではないと思う。だから、みんなもガハハって笑ってくれてる状況に、おれは「いいなー、この人たちステキな人たちだな」って思ったのよ。そういう話がちゃんとできるっていうのが、平和でこそこそしてる感じがなくて。

許される役割をとってるけど、そこには許しがあって。なんか、そういうのが、空気のクオリティだと思う。重要なのは、寝坊してるっていう事実は一緒だとして、普段の中で、それがどっち側になってるか?ってことなんだよね。

そのときに流れてる空気とこのインタビューに流れてる空気が似てるっていうのがわかる。

越智:純なやり取りというか。

のり:隠しごとがないというか、許容しあってる感じ、弱さも不完全さも。それは人を安心させるものになってるというか、ストレスを小さくさせているものに感じてる。なんか、これで自分が不利益をうむかなということよりも、そういうことを共有することで、別に自虐でもなんでもなく、もっとみんなとそれをやり取りできてるのがいいな。

越智:自分の話に少し戻るところがあるんですが、私が今までの支援業の中で、自分が見立てて対処したことが、クライアントさんたちの成果の要になる部分ではなかったと思ったときがありまして。どう見立てたかというよりは、こういう場で時間でクオリティをやり取りしたという事実がいい作用を起こしていたって気づいたんですよね。考え方云々っていうのも、もちろん要素としてあるんだと思うんですけど、そんなんじゃないよなって。なので、今のお話ってすごくしっくりきています。

のり:そういう時間って、成果というよりも「楽しかったね」でいいんじゃないかなと思ってる。「ほんと楽しい時間だったよ」って。

おれは、自分の欲求が強いタイプだから「相手のために」ってあんまりない。自分が楽しんでれば相手も楽しいって考え方だから。たまにスイッチが自分側にはいってしまうときは「ごめーん」と思いながら、走っていく(笑)。だから相手がつまんなくなってる場合もあると思う(笑)。そういうときは、相手を搾取してるなーと思うときもあるよ(笑)。

越智:ははは(笑)。

以前の世界観について思うこと

廣水乃生インタビュー
越智:以前ファシリテーションの勉強会でお会いしたとき、のりさんが、あの時点でのご自身の世界観を明確に表明されていたじゃないですか?プロセスワークとかコミュニティファシリテーション探求の最終形だったと思うんですけど、そこについては今、どう考えてらっしゃいますか?

のり:そこで何を喋ったかも覚えてないんだけど(笑)、たしか、スライド一枚になっちゃったんだよね。

内容的なことは今も変わってないと思うんだけど、一番エッセンシャルなことだけいうと、人に「何が影響するのか」っていうのは、自分から「何が溢れてるか」だなぁと思ってるのね。

その溢れてるものが、ただ伝わっていくだけだから、見立てもいらないし技術もいらないし、それに尽きるなって思う。

だから、今はもうファシリテーションとかにも興味ないし、コーチングとかもそうだし、場作りもそうだし、今となっては過去の話に見える。そこの技術の話とか方向は、教育であるとかワークショップであるとか飲み会であるかとかどうでもよくて、なんか溢れてくるもの。

言葉にするのは難しいんだけど、「”溢れてくるもの”が溢れてくる」って言ったらいいのかな。

それは自分として感じるから自分から溢れてくるように思っているけど、”溢れてきているもの”が溢れてきているから、それはみんなに同時に起こってることだなと。

越智:おお、なんだか難しい感じですね(笑)。

のり:つまりは、そこにあるものをちゃんと感じ取っていれば、現れるものが表れてくるっていうことなんだよね。それは複雑なことではなくて、わりとシンプルで。

例えば、おれの失敗を通じていうと、自分はある人のことを「愛している」と思っていた。だけど、相手は「愛されていない」と感じていた。そんな状態で相手から「それは愛してることになってないよ」って返されたときに、こっちは当然反発するよね。だけど、いろいろと時間を経てみて「愛している」ことになってなかった事実に気づいてしまう。

それは相当なショックだよね。なんかこう、慟哭みたいな。自分の不一致に気づいてしまったような。

おれはそこをサバイブしてきたときに、自分なりの着地した部分があって。結論は、おれはやっぱり「愛してた」んだなあ、と思ったのね。「愛してる」って事実は、いついかなるときも、誰も覆せないことで。でも、深さっていうのもあるじゃない。そのときに、自己認識の深さによって愛の深まりはなされるんだ、っていう理解がうまれたのね。

そのときのおれは、この深い部分を認識してない。でも、相手はこの認識してない部分を見て「愛されてない」っていう。それを認めたその瞬間、「ああ、おれは愛してなかったんだ」って相手の世界が理解できちゃって。

だから、あの状態ではまだ不十分だったんだっていうのが今はわかる。今、オレが愛するんだったら、前とは深さの部分で違う愛し方ができるかなとも思うんだよね。そこが、”溢れてきているもの”が溢れてきていることに気づくってことなのかなと。

でも、そのためにはそういう深さを可能な限り認識できるように気をつける必要があって、さっきいったみたいな癖がでるときは注意なんだよね。だから正直さっていうのは、愛の深さを深めるための訓練とも言えるんだよね。

以前の自分は、そのへんに無自覚だったし歪んでたなとか思ってるから、残念な結果になったし相手には申し訳なかったなと、はっきり思ってる。

越智:先程の話の中で、「おれは宇宙人なのよ」っていう発言がありましたけど、そこの膜が破けたような印象です。より豊かな奥行きの方向にいったというのが、私にとっては響くものがありました。

のり:そういうことがあったから、怖さとか不安とかあって、まだ言うほどうまいこと現実が進んでるわけでもないんだよね。見通してとはあるだけど、それを実際に生きていくとか、できるっていう道筋があるわけでもない。だから、いつも自分に注意していたいなと思う。

越智:怖さが、今ものりさんの中で大きなものとしてあるんでしょうか?

のり:そう。自分でそういうふうになっていくことがより一貫性のある形なんだっていうふうに喋ってるわけじゃん。でも、それを本当にできるのか?っていうのもあるし。要は逆にこの50数年、そうじゃない自分を生きてきたわけじゃない。散々いろいろとしてきてるから。そこから変わるなんてことあるのかなっていう不安というか自信のなさっていうのもすごくあるよ。

ただ、いま時点、モチベイトされる方向っていうのはサステナビリティに関するビジネスの方向にあるし、結局はそこに選択の余地がないっていう部分もあって。

つまり、しないってことは、大変な状態になっていくのは明確なわけだから、それは絶対的な必然性があるんだよね。それをやらないっていう選択は、おれにはなかったんだっていうことを受け取ったというか。

それに影響うけて、一緒にやろうって言ってくれてる人に対しても、同じ責任があると言えるのね。ということはこの人たちを何がなんでも成り立たせる必要があって、そこまでいきたいと思う。

逆にいうと、協力しますよって言ってくれてるのに、おれが投げ出すのもありえないなって思うし、それとさっき言った「愛してる」って言ったことと一緒やな、と思う。それと同じことがビジネスで起こるかもしれない。だけど、言ってる以上は、そのとおりになるのかっていうのがほんとに重要なことなのよ。

越智:いや、これは楽しみですね。なんだか勇気もらいました。

ビジネスの話

越智:では、今からの活動について伺ってもよいですか?

のり: 今、SDGsを通して世間のビジネスをこの3,5年で変えたいと思ってるから、どこに軸足おいてやってくのがいいのか考えてて、すでに一緒に立ち上げるやつが4つくらいありそうなんだよね。

越智:そんなに。

のり:いろんなビジネスに入ってほしいとか、一緒に始めようとか、そういう感じの話があって。どれもサステナビリティって考えたときに、いい内容なんだよね。だから、それ全部形にはしていきたい。しかも、それをやりたいっていう人を応援するから、一緒にビジネス始められるのもいいし。

越智:そこでののりさんの立ち位置は、戦略パートナー的なことになるんですかね?

のり:まあ、そうだね。あと、取引先見つけてきたりとか。人脈はけっこうあるから、この人とこの人をかけ合わせたら、こうできるよねっていうのが浮かんでくるからコーディネートができると思ってる。

例えば、立ち上げたブランドがうまくいったら売り先を増やすのに、パタゴニアの社外品にしてもらったら、親和性あるじゃない。そうすると、パタゴニアのストアが売り先になるから、わりとビジネスとしてパートナー組んでもらったら、双方にいいことになる、みたいな。そういうふうに、出会わせていって触発することができれば加速しそうなビジネスがいっぱいあるから。

注:のりさんは、長年に渡って、パタゴニアの戦略パートナーをされている。

おれ、この半年くらいの間に色んな分野の勉強してて。エネルギーの問題とか、ブロックチェーンの話とか。将来予測についてもSDGsがどういうふうになろうとしてるのかとか、こういうビジネスが今立ち上がってきてるとか。

そういう今後の動向についてのファクターが集まってくれば、ビジネス自体のもっと総合的なデザインに変わるじゃん。でも、現状のビジネスは、そこまで他ジャンルの相関性みたいなのは考慮できてないとも感じていて。

おれが思うに、一つの技術をいくら高めても、その技術が使えうる社会状況とかに精通している人と融合してこないと新しいビジネスははじまってこない。ほんとは、福祉分野とかもテクノロジーいれたら画期的なことが起きると思ってて、そのアイデアについてはすでにあるんだけど、誰とやっていいかも誰にどういうふうにやったらいいかわかんないから、そこは頓挫してたんだよね。

越智:色んな領域を見てきたのりさんだからできることって感じですね。

のり:そうそう。この10数年のファシリテーションの探求の中で、業界の枠とか関係なく活動してきたことがすごく活きてきてるんだよね。ファシリテーションって領域で、個人と個人の力の働き方を探求してたわけだけど、それはマクロに見たときに、それと同じことが業界と業界でできることが構造的に見えてきた。

別の業界どおしでコミュニケーションが始まっていって、絵面さえちゃんとできたら、一緒にやる可能性は十分あるし、「それをやらなきゃいけないよ」っていう時代になってきてる。だけど、なかなかできる人はいないっていう。そういう会社を作れないかなと思って、今考えてる。

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のりさんのビジネス

越智:業界をつなぐような事業がメインの会社ということですか?

のり:もともとやりたいのは、ビジネスをどうサステナビリティな事業にトランスフォームさせるか?っていうテーマだから、それと合わせてかな。そのイメージがやっとできたのが、ここ最近の話。今から法人をたちあげていきたいなと思ってる。

簡単にいうと、SDGs型の組織に変容するためのポイントを導入していくためのツールを、どう会社にいれていくかっていう話なんだよね。戦略策定プログラムっていう名前なんだけど、構造的には4ステップのデザインが出来上がっていて。あとはトライアル企業で試した上で1年位で10社やれたらいいなと思ってる。

越智:以前、戦略策定プログラムのお話は伺っていたのですが、かなり進化していてなんだか感慨深いです。

のり:昨年の10月くらいから、未来の将来性のために、サステナビリティに関わることはやりたいなと思って、それで年明けくらいからSDGsゲームをやり始めたんだけど、2ヶ月くらいでものすごい自分の活動量が動いたわけ。今世界でどういうことが起きてるのか知りたくて。色んな主要な人たちと会うこともできて、話もできて、色んなプランが立っていったのね。

ただ、3月はいってから、なんか足元がぐらぐらして、こころもとない状態だなと感じ始めたのね。空ばっかり見て足元見てないなって。その時にやっとそのビジネスの人たちの行動見て、おれは浮ついてたことに気づいたのね。

「足元がしっかりしてないな」って。やっぱりきちんとビジネスをしていかないと、果たすべき責任を果たせないって、やっと向き合えたというか。きちんとビジネスにしていくこと自体が、全てを生み出すのに大事なことなんだなと、やっと思えたって感じがしてて。それがここ最近だから、このあと、具体的にそれをやっていくことを自分で決めていくっていうところ。

越智:なんか錨を下ろす決意のようにも感じました。

のり:おれ自身は、必要なお金が回ってればいいから。あとは、ソーシャルインパクトを産み出しつつ、関わってる人たち自身もサステナブルでハッピーである状況をつくっていきたいよね。

サステナビリティとビジネス

廣水乃生インタビュー
越智:愚問かもしれませんが、ビジネス以外の手段っていうのはないんですか?

のり:不思議だけど、サステナビリティの問題に一番影響力もってるのはビジネスなんだよね。じゃあビジネスに影響を与えるのであれば、やっぱりビジネスだよね。って思うよ。

サステナビリティって、冒頭にも言ったみたいに、子どもたちの未来にも関係してることじゃん。いくらお金を払ってても、地球が住めなくなったらハッピーじゃないわけじゃない。だから、その将来世代に残すようなことで、ちゃんと経済基盤を作れれば、自分の活動の質は実は高くなるかなと思うのね。

個人としてお金を稼ぐのに、他の手段もあるけど、もし可能だったらサステナビリティを推進するようなことをでお金を稼ぐことのほうがよりいい。そこらへんについて、前は個人的な状況とビジネス的な部分が分離してたけど、これは本気でやらなきゃいけないってことで、ひとつのことになったの。

越智:なるほどー。イメージと現実がちゃんと縦に重なってきたって感じですよね。

のり:そうそう、その形がやっと見えた。戦略策定プログラムは、以前の状態だと、どうもビジネスしては距離がありすぎたけど、テクノロジーいれてくることができたらビジネスの変化もより加速できる可能性のも高いかなと思えてきた感じ。

それで頑張るとして、あと他のビジネスの話っていうのは、そこだけでもすげーいいビジネスだなとも思ってるから、両方が伸びてれば、それはそれでいいなと思う。

越智:いやー、なんというかじーんときてます。以前の話を聞いているから余計にですけどね。そうですかー。

のり:あとはそれがどれだけ形になるか。そこだね。

過去についてどういうふうに捉えているか?

越智:いやー、濃いお話をありがとうございました。最後の質問になります。相手もいらっしゃるので慎重にはしたいのですが、今時点、のりさんはご自身の過去や出来事をどういうものとして捉えていらっしゃるんでしょうか?

のり:おれ個人の体験としては、すごい完璧だなと思う。もちろん相手にとっては別だよ。それはそう。でも自分はやっぱりなんだろうな、この一年の苦しい時間が間違いなくおれを新しいところに連れてきたってことは確実に言えて、それはおれを間違いなく幸せにしてると思う。

どっかで自分を騙してることの重しがあったんだよね。そこをちゃんと見ることによって、本当に重しを自分の手で解放していける取り組みをはじめられるところに来たから。なんかハッピーだなと思う。

世界はちゃんと与えてくれてるし、それが辛い体験だったりとか、人を傷つけるようなことも含めてあったけど、おれ個人として言えば、完璧だなと思う。その相手の人を含めて言ったら、よかったとは言いにくいけれども。

でも、どこかね、自分が欲してた経験だったっていうのを今は認めるところがあるし、最初から今みたいな自分だったら、逆にこんな体験はしなかったし、選択もしなかったし。その体験をした自分でいるってことを、誇らしいって意味じゃなくて、なんていったらいいんだろうな。普通、体験してないようなことが自分の人生にあって、そういうのがすごく嬉しいっていう気持ちがある。

それがなければ、おれ自分でコミットメントして、こういうところまで自分が変わろうってなんなかったし。なんかそれって新しい人生が始まってるわけで、また新しい自分の人生っていう宝石箱の中にまた新しい種類の宝石がどんどんどんどん増えていくようなことだから。

これから大変なことも多くあるだろうけど、いいことも悪いことも含めて、引き続き人生が与えてくれるのかなって思う。

越智:ありがとうございました。今後も、定期的に活動を追わせていただきますね。

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