廣水乃生さんインタビュー その1:サステナビリティと幸せの享受

久しぶりのインタビュー記事です。

今回は、コミュニティファシリテーションの元代表であり、今は、SDGsの流れの中で人も世界も変えていこうと活動されている廣水乃生さん(以下:のりさん)にお話を伺いました。

インタビュー日は、2019年3月21日でしたので少し前にはなりますが、その時点で、のりさんがどんなふうに世界を見つめ、どんな視点から何をしようとしていたのか?

まずは、私(越智)とのインタビュー趣旨説明の部分からお話をはじめたいと思います。

その前にのりさんの経歴を簡単にご紹介いたします。

廣水乃生(ひろみずのりお)さん

元コミュニティファシリテーション研究所所長。東京学芸大学大学院教育学研究科修了後、7年間教師を務める。教育を通して人と人とのつながりの大切さを感じ、学校と地域、行政と住民、親と子どもなど異なる立場の人たちの橋渡しをすることを目指し教諭を退職。米国プロセスワーク研究所大学院にて葛藤解決・組織変革ファシリテーションマスターコース修了、帰国後をコミュニティファシリテーション研究所を設立。現在、各地で困難な状況への取り組みを通じて個人の自発性やグループの協働性を高めるために組織変革ファシリテーターとして企業、行政、NPO/NGOなどの多岐にわたる組織・現場に関わっていた。現在はコミュニティファシリテーション研究所の代表をしりぞき、SDGsを切り口にサステイナブルな社会の実現に向けて活動中。

はじめに

のり:今日ってどういう感じのことを話すの?すげー楽しみにしてた。ま、なんでもいっかとも思いつつだけど(笑)。

越智:ありがとうございます!のりさんが今現在、どんな世界観を元に活動されているのかを伺えればと思っております。で、見てる人が「へー、そんな風に世界を見ている人がいるんだ。はて、自分はどうだろう?」って考えるキッカケになれば嬉しいなと。

のり:「そんなふうに捉えるんかい!」っていう感じでね。

越智:そうです(笑)。これが正解!というよりは、「のりさんはこう感じています。では、皆さんはどう感じるでしょう?」的な。そして、私自身も、視野が狭まりがちなので参考にしたいという思惑もありつつ(笑)。

のり:インタビュアーっていいね。その時、そこにあるものを引き出して豊かにしていくっていうね。コーチングだと、ゴール設定してどこまで導くかっていうニュアンスがあるもんね。

越智:それはそれで創造的とも言えるんですけど、共同の創造物として形に残していくのも興味がありまして。

のり:いいじゃん、もう想像ついちゃった。この地域の匂いってあるじゃない。学生街ではないけど、今歩きながら、大学入りたての時期思い出して、おっちー(越智のこと)ここにいるんだ、なるほどなーと思って。なんかうまくいえないけど、この街が似合ってるなと思って。地に足についた仕事っていうか。

※インタビューは、西早稲田にあるおちの事務所で実施中

地に足をつける

越智:ありがとうございます。そうなんですよ、「地に足ついた」という表現嬉しいです。人の内面のサポートもいいんですけど、それだけだとフワフワしていくような感じもあり、もう少し違う形で聴く実践をしたいなと思いまして。

のり:わかる。おれは逆にフワフワ生きてきたから。最近さ、ビジネスやってる人と話すると、すげえなって思うんだよね。ちゃんとコミットメント持って現実をどうしていくかっていうことを考えてるし、それが良い決定かどうか繊細に決めてるからね。

観念的にみたら「いや、なんでそこをそうしちゃうの?」って思うことはあるけど、リアリティを見つめ続けていると、そういう考えになることがわかってくるんだよね。

そういうの見ると「ああ、おれはビジネスにコミットメントしてないから、一歩手前の部分で良しとしてきちゃったんだな」と。おれが考えてきたことが机上の空論だったとまでは言わないけど、ビジネスやってこなかった分、現実に踏み込むまでの距離があるように感じちゃったんだよね。

だけど、そういうのが許されないところで働いてる人たちは、今いる人たちの生活支えてるわけわけだよね。だから、売上一つでもこだわる。そこで一生懸命やってるから、挑戦だって安易な挑戦はできないし。

おれも、今からは、自分が進む道を覚悟してやってみるっていうのがすげえ大事だなと思ってて。

サステナビリティについて

越智:お、さっそくいいですね。今後のビジネスについての話はあとに譲るとして、まずは基本的なところを伺いたいなと思っております。最近のりさんは2030SDGs(カードゲーム)のイベントを積極的に開催されていますが、そもそものりさんがSDGsに響いているポイントというか、サステナビリティということにどんな良さを感じてらっしゃるのか伺っても良いですか?

SDGsとは?
SDGs (持続可能な開発目標)とは,2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として,2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標のこと。持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成され,地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)ことを誓っています。SDGsは発展途上国のみならず,先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり,日本としても積極的に取り組んでいます。
-外務省 SDGsとは?より抜粋(一部編集)–
2030 SDGsとは?
カードゲーム「2030 SDGs(ニイゼロサンゼロ エスディージーズ)」は、SDGsの17の目標を達成するために、現在から2030年までの道のりを体験するゲームのこと。
一般社団法人イマココラボ

のり:サステインっていうのは日本語にすれば「引き伸ばす」って訳になるんだけど、おれ自身は、自分の大切な人が少しでも豊かな時間を長く生きていってくれたらなぁって気持ちのことだと思ってるんだよね。もちろん、短い人生で死んでしまう人はたくさんいるけど、「ああ、もう少し長く生きてほしかった」っていうシンプルな感情ね。

世の中にあるサステナビリティの議論の中には「そもそも人類がいることが環境にとって悪いことなんだったら、環境が悪化したって仕方ないやん」っていう“そうなんだからしかたない”的な意見もあるじゃない?でも、そもそも太陽系だって銀河系だっていつかはなくなっちゃうわけだから、歴史上のどっかで、おれたちが絶滅しちゃうことは確実なわけじゃん。

そのどうしようもない流れの中で、少しでも豊かな時間を長くしたいなっていうシンプルな気持ちがサステインだと思うんだよね。そうなると、サスティナブルは、それを可能にする割合を高めるってことになる。つまり、引き伸ばしたいという希望に対して、それをどこまで可能にするか?、それがサステナビリティだと思ってる。

じゃあ、はたして今の環境や社会が本当にサスティナブルなデザインになってるのか?っていうことなんだけど、そういう意味では、まだまだ可能性はあるよね。その可能性をできる限り高めながら、社会や環境をサスティナブルなデザインに変容していくことができるのか?っていうのが今のおれのテーマかな。

越智:世間がいうような「続かせていくべき」という意見には、私自身も少しひっかかっていたので、のりさんの観点は、すごく新鮮に感じています。

のり:おれが他の人に思うのは、さっきみたいな「根本的な願いが、あなたの中にはあるんですか?ないんですか?」っていうことだけなのね。ないひとにやれとは思ってない。正しいとか間違ってるとか「世界はこのままで滅んでしまいますよ!それに心が傷まないんですか?」とか、そんなことは気にはしてないのよ。

そりゃ、一人ひとり価値観も違うし、経験も違うし、その時々の心の状態だって違うじゃない。人の苦しさっていうのは、色んな苦しさで表れてくるから。おれだって熱39.8度でてるときに、「今サステナビリティについてどうにかしてください」って言われて困まる(笑)。だから、人にはいろんな状態があって、そしてそれは常に揺らいでいるっていう前提で考えてるのね。

そういうことよりは、目の前のにいる人たちとか未来の子どもたちとかを想像したときに「少しでも長くよりよくなっていくことが続いたらいいな、続きますように」っていう願いがあるのかないのか?ってだけなんだよね。

で、そういう願いがある人と一緒に進んでいくっていうのが、おれの活動だと思ってる。

越智:すごく人間的で生物的な気持ちなんですね。

のり:これは、みんながどっかで思うようなことなんじゃないかな?とも思うけどね。

幸せの享受しやすさ


越智:そのうえで、のりさんは、今の世の中をどんなものだと感じているんでしょうか?

のり:あー、そこでいうと、今なんも感じてないかな。別に悪いものとも思ってないし。もちろん素晴らしいものとは思ってるけど、ことさらに言おうと思ってるほどではない。でも、もっとサスティナブルにできる部分があるから、もっともっと面白くできるよねとは思ってるっていう感じかな。

越智:”面白く”っていうのはどういうニュアンスですか?

のり“幸せの享受しやすさ”ってことなのかな。どういう状況下にあっても今の幸せを享受できるんだけど、今まで以上に”享受しやすさ”が高まれば、もっと幸せを感じやすくなれるよね。

だから、それをもっと最大限まで追求していくっていうことは楽しい活動かなと思ってる。それはワクワクする。

この話とサステナビリティの話はおれの中で同じなんだよね。享受できる社会・できない社会みたいな二項対立では考えてなくて、あくまで確率論なのよ。確率をどこまでも高められれば、それに越したことないから確率高めませんか?ってこと。

越智:世界まだまだ行けるぜ!ってことですね。

のり:まだまだ工夫できるし、今の社会がここがダメあれがダメってことというよりは、もっとこうしていったらより良くなる伸びしろがまだまだある。ってだけなんだよね。

勉強での例

のり:考えをシンプルにしてみると、例えば、学校で子どもと接してるときに、「先生、こんな勉強しなくてもよくない?」みたいなことを言われたとするじゃない?

そのときのおれの答えは、「そうだよね」なのね。

やりたくないならやらなくてもいいし、しんどかったらやらなくてもいいと思う。必要かどうかおれもわかんないし。でも、おれが気になることは「しなくてもいい」っていう考え方が基本になった場合、人間として幸せになってくる可能性が低くなってくる気がするっていうところなのね。

なぜなら、それは下を見る行為だから。おれは別に成長しなきゃいけないとも思わないんだけど、下をみる行為に時間や意識を向けても無駄やなって思うのよ。だって、勉強したほうがいいのは明らかじゃない?知らないことを知ることによって、自分の感性が広がったりとかあるから、勉強しないよりはしたほうがいいのは明らかじゃないか?と。

したほうがいいってことを選ぶ力とか、どんな工夫ができるかな?っていう力は、人生をよりよくする力だと思う。算数や数学そのものはどうでもいいけど、やったほうがいいことをその瞬間選ぶ力があるかどうかっていうのは、これは人生を左右する力だと思うのね。

もちろん「やらなくてもいい」ことだとも言えるよ。でも「やったほうがいい」と自分が思うんだったら、それをちゃんと高められるほうの選択をしたらいいと思う。

で、この「やらなくていい」っていうワードは、多くの大人がいうのね。「それってやる必要あるんですか?」とか。そういう言い方が蔓延してるんだよね。やったほうがいいのも、目指したほうがいいのも明らかなのに。

きっとね、みんな心が打ちひしがてるんだと思う。失敗したらどうしようとか、そうやったところで、みたいな経験を重ねすぎちゃって。でも、それは頑張ったからだと思うんだよね。

だから、疲れてるってときには「やらなくてもいい」と思う。でも、エネルギーがあるんだったら「やったほうがいい」し。それを選べるほうが人生もよくなるし、社会もよくなるのは間違いないから。そういうことがちゃんと自覚できて選べる人になってほしいっていう思いもある。

だからといって、できないからだめだとは全然思わない。やってない人がだめとか社会の負担だとかも思わない。どんな状態でもええやんって思う。

越智:いやー、なんていうか、優しいですね。特定の人に対してというか、あらゆる存在に優しい考え方だなと感じております。

のり:まあ、おれ自身が生きていかなきゃいけないからね(笑)。世知辛い世界の場合もあるんだよね。それをちゃんと自分で識別できないと、自己否定に繋がっちゃって、生きてく力を失っちゃうからね。

越智:生きてる場所自体が、理不尽な場所になっちゃうというか。

のり:実はこの一年くらいプライベートのほうですごく大変な出来事があって…。その時期のどん底生活を通じて、前よりも自分の無力さみたいなものもなんかすごいわかるし、自信のない部分もしっかりあるし、「ああ、おれ、びびってるからやめようかな」とか「こわいな」って感じのものが残ってて、でも逆に言えば、その怖さとか不安とかある自分が得られたとも思ってるのね。

越智:等身大というか。

のり:そう、前より人間的な部分が加わった感じがしてる。前は自分の感覚の世間とのズレを宇宙人的だと思ってたから…。

越智:たしかに以前お会いしたときと雰囲気が変わったように感じております。

のり:そうなのよ。宇宙的なところは宇宙的なんだけど、不安とか恐れとかを抱えて生きてるんだよね。これから生きていくことに関して不安なこともあるけど、それである自分が、どうサバイブするかっていう、この半年だったのよ。

その中で、周囲の存在として認めてくれてる人たちのおかげで回復することができたんだよね。自分への批判に対しても、もちろん受け止めながら、ほんとに弱ったときには耳を閉ざして、少し回復してから耳を開くとか。

そのときすぐできなくても、引きこもる必要があることも学んだし、拒絶しなきゃいけないときもあることも学んだし、それによって受け入れられることが広まったというか深まった感じがしてるかな。

越智:いやぁ、そんなに色々なことがあったんですねぇ…。

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