冷静になるために:虚数的な考え方が自分を客体化させる

最近、なにかトラブルがおきた時に「例えば、別次元があったとして全く別の要素が今回の件に影響してるとしたらなにがあるんだろう?」と考えるようになりました。

「は?お前なにいってんの?バカじゃね?」とか言われそうですが、こんな考え方は実は効果があるんじゃないかとか考えています。

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基本の考え方

 
これは別に「超自然的なお力が!宇宙のパワーが!おおお!神よ!きっと私に試練を!」とかいうニュアンスではなくて、フラットに問題を眺め、視点を変えるための仮説と捉えてもらって構いません。

効果

ばくっというと、
・論理的じゃないもの含め、多様な視点に一度移動するができます。
・一つの考えにハマりすぎていたとしても抜けることができます。
・怒っていた自分自身から離れてとしても冷静になれたりします。

アウェアネス的な感覚

この考え方がなぜ効果的なのか?

それは、アウェアネスを獲得しやすくなるからだと思われます。アウェアネスとは「きづいている」というような意味合いになります。リアルな現実の今の自分に気づいている、そんな客観的な状態のことです。

よく「自分を客観視するには?」みたいな事を言いますが、自分という視点から外れることは、自我の成長においてもかなり重要なのではないかと思っています。

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主体と客体

ロバート・キーガンをはじめとする成人発達理論では、今感じられている自分のことを”主体”、外から見ている自分を”客体”とよびます。

例えば、なんか出来事があってあなたが怒っていた場合、なかなか怒りが収まらない場合があったりしますよね。イライラが止まらないとか。これは、「怒りに囚われている状態=主体が活発な状態」です。この状態のままで、冷静になったり他の事をするのは、かなり至難の業ですし結局のところ苦しみを伴います。

ここから抜け出すために、自分を客観視できるようにする(客体化)するというのがひとつ重要なことと言えます。最近流行りのマインドフルネスもこういった考え方に即しており、ブッダの意味が「目覚めた人」であるというのは、「完全に自分の中に流れている(自分すら超えた大きさで)思考を客体化できるようになった人」のニュアンスなのだと私は捉えています。瞑想も自分を含んだ大きな意識を獲得するための行為とも言えます。

脳科学的にも

主体と客体の考え方は脳科学的にも理にかなった現象のようです。例えば怒っているいるとき、その感情を司る該当の感情部位で脳内物質が活発にでるのですが、客体化して「気づいた」瞬間にその反応が前頭葉に移動するそうです。すると該当部位の物質の分泌が落ち着くと。

そして前頭葉はその状態を学習するので、それ以降、同じ反応があった時にも対応できるようになるということです。
脳ってすごい。

同じような考え方をするもの:虚数

急なようですが高校数学で学ぶ複素数という項目をご存知でしょうか?
2乗すると-1になる数を虚数という概念を仮説的において計算を行う手法です。

虚数とは、2乗したら0未満になる数。
面白いですよね、そんな数は自然の中には存在しないわけですよ。

虚という名前も面白い。

でも、そういう仮説を立てることで、実数=全体だったことが、実数+虚数=全体という構図に置き換わり、それまで解くことができなかった計算や考え方ができるようになったわけです。専門家ではないのでわからないところがありますが、数学の進歩に多大な貢献をしたみたいです。

心理的な話も、こういうないものの仮説は重要なんだと思ったりします。今回の冒頭のように、この虚数的に一つの現象を別次元で考えてみることで、引いてみた視点を得るための取っ掛かりとして有効になるではないかと。

ただ注意なのは、これは一つの仮説である、という点です。
現実を見失わないよう気をつけましょう。

いやー、おもしろい。

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