可能性の美学

最近、チェス熱がまた高まっています。
時間があるときに、chess.comというサイトで世界中の人とオンラインで対戦する日々です。

そんな中で、チェスや将棋をはじめて、よかったなと思う点を書いてみたいと思います。
※実力自体はかなりのへなちょこですが。

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限界点の美しさ

かっこよく書けば「可能性はある」という事実を思い出させてくれたことだなと。

詰め将棋とか、詰めチェスとかしたことがある人はわかるかもしれませんが「えー、絶対無理。ムリゲー」という時に限って、思いもよらない可能性があったりするんですね。

この手のボードゲームは、物理的な力を入れられないのでわかりやすいです。あるのは、戦略と戦術だけ。必殺技の名前を叫んでみても、力いっぱいコマを動かしてもなにも変わらない。相手に威圧はできるかもしれないけど(笑)

そして、数回やれば必ず勝敗は決まるんですね。(チェスの場合。将棋は一発)

なので、こういうツールを使って、自分が限界点を、”どう感じて”、”どう考えるか”が非常に重要なんだと思っています。頭がいいか悪いかとか、強いか弱いかなんてどっちでもいいんですよ。感じる「無理」ポイントは人によって違うので、自分でそのポイントを把握するってことがよいんです。この限界加減に、その人らしさがでて、悩みがでて、美しさがあるんだと思うんですね。

それをボードゲームが思い出させてくれているような気がしています。

無理は本当?

これは人生も同じで、思っている以上に「無理」はないんだと思うんですね。実は「無理」を感じているのは、本人だけだったりする。いわゆる「思い込み」というやつです。

これは、私を含め、誰でも無限にあるんですね。
それを一個一個、丁寧に外していく作業が、意識の成長です。

が、もちろん限界はありますよ。でも、現状ではないはず。ということを言いたいだけです。
だから、そこを見定める力をつけていくというのが、重要なんだと思います。

そのへんは、前の記事で書いた「主体客体理論」を参考に。

冷静になるために:虚数的な考え方が自分を客体化させる

誰のための「無理」か?

そして、世界(上位のホロンという言い方をしてますが)からすれば、意外と結果は、どうでもいいんですね。
残念ながら、そこに世界からの慈悲はおこりにくい。
これは、身体で例えてみるとわかりやすいかもしれません。

例えば、がん細胞は、悪化したら切り取りますよね。でも、ひょっとしたらがん細胞は、すごく心のやさしい「話したらいいやつで、すごくいい事を考えていた」かもしれません。が、わたしたちからしたら、そんなことはお構いなしですよね。このままのさばらしたら死んじゃう。だから自分の世界を保つために切るわけです。

これは「神様に祈っても都合よく助けてくれない」の理由にも通じるような気がします。

つまり「無理」を感じて諦めることは、「今のままの世界を維持する」意味合いのほうが強くなるんだと感じています。もちろん、諦めることで変わる世界があるわけなんですが、個人の成長という観点では、あまり変わらないかなとという視点に立ちます。
 

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無理会にむかっちゃえ

逆に言っちゃったらですね、上位世界から反発を受けないように、好きなようにやれたらそれはいいわけですよ。
がん細胞は、身体(上位世界)をむしばむから、切られちゃうわけで。これと同じように考えています。

だから、若者よ、一緒に大志を抱こう!、と思うわけです。
「無理」に向かえ、と。
「無理」の中に、もっと可能性があると。

私の好きな大灯国師遺誡にこんな言葉があります。

無理会の処ところに向かって究きわめ来り究め去るべし

無理会(むりえ)とは、簡単に言えば「理会」を超越した世界、理性的判断の届かない次元のことですね。

もともと、選ぶことすらできないムリゲーの中で生まれているのだから、そもそも全部無理から始まるのだと私は思うわけです。
じゃあ、「無理」に向かっていこうぜと。

そんなことを考えております。

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