読書レビュー1:反応しない練習

僧侶、草薙龍瞬さんのベストセラー。
現代人にもわかりやすく、日常に活かせる形で、ブッダの気づいたことを解説してくれている本当にありがたい一冊でございます。

本の内容を直接書くというよりは、自分の体験や現場でのコーチング経験など含めた感想を書いてみたいと思います。

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心の反応

本書にでてきる重要なキーワードが「心の反応」です。
説明部分を本の本文から引用します。

”たしかに、私たちは、日々の仕事・生活の中で「反応」しています。何かを考える。イヤなことがあって、つい腹を立てる。思い通りにいかない現実に、焦ってしまう。他人の目を感じて「何か悪いことをしてしまったのかも」と疑ったり不安になったりする……
これらはすべて「心の反応」です。
(中略)
“執着”以前に、悩みを作り出しているものがあるのです。それが「心の反応」です。
(p21-p22)”

本書にでてくる仏教的な「心の反応」が、私を含めた一般人の日常の中でしめる割合は、思っている以上に高いように思います。下手すると、日常生活の大半をこのエネルギーに費やしてしまっている可能性があるのではないかと。

単純に考えれば、もし、この反応を一日の中で10%でも減らせれば、その分、本当にやるべきことに集中することができると思います。

こういうことを言うと「悩みが楽になってもどうすればよいかわからない。何も解決していないではないか」という質問がでそうですが、わたし的には、本にあるとおり「原因がわかるだけで半分以上解決したようなもの」というのと、もう一つは「これからのことは、そこから一緒に考えていきましょう」という答えがでてきます。

強すぎるものは、一度距離を置いて眺められるようにならなければ、じっくり取り組むこともできません。例えば、銃弾が飛び交う戦場の中で「あなたは何が好きなんですか?」と聴かれても、「うるせえ!そんなのあとにしてくれ!」といいたくなりませんか?それに近いような気もします。

私がやっているコーチングのような対人支援には、二種類のステップがあるように思います。

  1. 悩みを希望へ変化させていくような支援
  2. 対話の中で進むべき道に気づいて自立的な行動につなげていく支援

これを一緒くたにどーん!とパワフルにすることもあるでしょうが、あえて分けるならこういうことかなと思います。

この本が記載するところは、1の領域の話であり、そこから何をしていくかはまさしく自由なのです。というよりは、「悩みが楽になってもどうすればよいかわからない。何も解決しない」ということ自体が、「心の反応」のように感じたりもします。

私のこころの反応

正直なところ、私自身も、いまだに少なくとも一日数百回は反応してしまっています。

その度に、「あ、また反応してしまった」と思うように気をつけているのですが、次から次へとでてきます。

独白めいてますが、実はクライアントさんとのセッション以外でのやり取りの中でも、私が反応してしまったがために不必要な揉め方をしてしまったことが過去にも何度かありました。※今となっては真摯に反省しております。

そんなわけで、まだまだ道は遠いのですが、それでも数年前と比べると雲泥の差だなとも思います。

心の反応と精神的病について

私は以前、うつ病と診断されふせっていた時期がありました。年月もだいぶたったおかげで、かなり落ち着いてきました。ところが、些細な事で気を病むことはいまだに多く、こんな仕事をしていながらも人間関係でうまくいかないことが多々あります。

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うつ病と抑うつは別物

アメリカの DMS-5 の基準の中では、比較的軽症なうつ(軽症うつ病)ですら「2週間以上の間にほとんど一日中、ほぼ毎日、抑うつ気分が続いている状態」のことを指すという記述があります。

もちろん抑うつ状態だけではなく、様々な基準がありますが、ここでは割愛。日本うつ病学会がDMS-5を元にガイドラインを作成しています。詳しくはこちらへ。

極端な話、数日程度の抑うつ状態は、医学的には”通常”のことであり”うつ病”ではなく、抑うつ状態自体は誰にでもあるということでもあります。むしろ、発達の観点から考えると、抑うつは成長の大事な要素なのです。

そのため、回復期の不安定さやイライラすることを病と言ってしまうと語弊があり、私の基準の中では、「社会的な自分を保つための自我状態が安定していない状態」という理解になっています。

一度ふせると、自我の状態は不安定化するような…

経験的には、一度うつや引きこもりのようなダウナーな状態を経験した人は、社会的に復帰が可能になった後も、残り香のように三毒( 妄想 ・ 怒り ・ 貪欲 )の要素が強めに残る(でやすくなる)ような印象があります。(インテグラル心理学の領域では、シャドーと呼ばれます)何気ないことなのに、少し強めに否定してしまったり、憶測だけで判断して、余計に事態を混乱させてしまったり。

また、若さあふれる時期の直線的な思考の中にも、三毒は強く出現しやすいような気がしています。

この自我の不安定さ(カーンバーグの 病態水準 )と本書の「心の反応」が直接的に相関している感覚が非常に強いのです。自我が不安定だと、フロイトがいうところの様々な種類の防衛反応を起こすと言われています。(抑圧、転換、投影、分裂、置き換え、などなど…)

また、少し違う観点ですと、行動療法のような領域では、「認知の歪み」が大きく表出しやすい状態になります。

つまりは、特定の状況で「白か黒か」小さなグレーも抱えられず、「戦うか逃げるか」的な極端な選択の状態となるわけです。

このあたりについては、別の記事で紹介したいと思います。

その前に止めることを学ぶ

本書で語られる通り、「1,反応」⇒「2,悩む、怒る、焦る、不安になる」という流れの中で、2に移行してしまった時点で、選択肢は限られます。数多くの心理学で語られる通り、「 戦うか逃げるか反応 (fight-or-flight-or-freeze response)」しかできなくなってしまいます。この2択になってしまった時点で、退路は立たれ、悩みは際限のないスパイラルへと突入してしまいます。

「戦うか逃げるか」の反応は、生死に関わる場合などでは、もちろん有効的で成功することもあるわけですが(火事場のクソ力という言葉もあるとおり)、社会生活の中では、この反応の多くは際限のない葛藤を産むことになります。それが、どちらに行っても地獄になる ダブルバインド を引き起こし、自我が引き裂かれる。ここまでくると鎮めるのは結構大変で、あとは、自虐の嵐となっていくのです。

つまりは、そこに陥る前の「反応」(もしくは現在起こってる反応)を止めれば、そもそもの自分自身の元々のポテンシャルで、反応しているときよりも断然”よい”選択をすることができるというのは、自分の経験や多くのクライアントとの経験からも感じうるところでもあります。また、対人支援の際にも非常に重要な観点となります。対話者がセッション中に、相手の言動に反応してしまっては、支援にもならないということです。 カール・ロジャーズ の 一致 に通じる観点とも言えます。

そのため、本書の中にある「反応しないことが最高の勝利である」(p100)というのは、本当に金言だなと感じます。そして反応を抑えた上で、人間関係では「相手と理解しあう」ことを最終ゴールにすえること(p117)。もちろんのこと、難しい気持ちも多々あります(笑)が、何度でもこのポイントに戻っていかなければなりません。

果てしない渇き

本書の中で、仏教用語の渇愛という言葉がでてきます。
意味としては、「求め続けて、いつまでも乾いている、満たされない心(p27)」とのこと。

まさしくその通りだなと。

たしかに、三毒(貪欲、妄想、怒り)は、溢れはしても満たされ尽くすことはないように感じます。「もっと認められたい!」や「もっと◯◯したい!」や「あんな人になりたい!」は、純粋なうちは大いによいのだと思うのですが、三毒がでてきた時点で都度都度振り返るという地道な作業が必要なのは確かです。それをせず、この純度が下がった時には、心の砂漠化が一気に進行していくことになります。

サクッと解決!というのもいいのですが、やはり地道な修正の積み重ねは間違いなく強いです。

純度が下がって、際限なく大地を乾かし続ける欲求が顔を覗かせてきたら、砂漠化をどこかで止めなくては、自分自身の心はいつまでもカラカラに乾いた荒廃した不毛な大地になってしまうでしょう。

そうなのであれば、カラカラの砂漠の中で、理想のオアシスを創造しようとエネルギーを燃焼するよりも、砂漠自体を消す。というよりも、そんな砂漠自体、自分が頭の中で作り出したもので、そもそも存在してしていないのだ、と認識して強く生きる。

この本を読んで、我が身のいろんな過去を振り返りながら、納得いたしました。

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