過去も学びも超えて(2/3):落合拓人さん

今回は、前回に引き続き、落合拓人さんへのインタビューの第二弾です。

現在コーチングやバイロンケイティワークなどを通じて、コーチとして第一線で活躍されている落合拓人さんの人生にスポットを当てて、長年に渡り様々な心理療法を学びながら、現在コーチとして行き着いた拓人さんの過去といまからについて伺っています。

前回の記事はこちら

過去も学びも超えて(1/3):落合拓人さん

2017.05.12

どんな人と出会いたいか?

—ここで、どんなクライアントさんに来てほしいですか?って聞こうと思ったんですけど、言い方を変えて、クライアントさんに限らず、今後どんな人と出会いたいですか?—

落合:どんな人と出会いたいか…。そうだなぁ。やっぱり自分自身と本当に向き合わなきゃいけない時期にいる人というか、切羽詰まっている人というか。本当に大きな何かと向き合っているような。

例えばガンとか、そういうのと向き合っているときかもしれないし、経済的な困難かもしれないし。人間関係、離婚とかかもしれないけど。自分自身の深いところと向き合わざるをえない時期にいる人かな。

—そういう人の状況の奥に、どういうことを見てるのでしょうか?—
落合:頭で判断すると、苦しいとか、良い悪いとかポジティブとかネガティブとか、そういうので捉えられちゃうけど、それがなければ本当に困難な時期こそ、その人の持ってる力が輝いてたりする気がして。

例えば精神的に大変なときで、精神科だったり、そういう病院に通ってたりすると、病として病の部分とかを見られちゃうけど、同時にそういう人もその中には輝きがあったりとかするわけじゃない?そっち側のほうが、僕にはよく見える気がするんだよね。というか、その人にその輝きを伝えてあげたい。

—なるほど!!そこはすごく共感でございます。こころの境界線らぼのテーマでもあります。—
落合:僕自身も、うつで4~5年ほぼ引きこもってた時期とかあったからね。そういうときって、ホント苦しいしね。

—そうですよね。私も経験があったりします…。—
落合:経験をして抜けて、人生また歩き始めた人って、多分そこの創造性をすごい築いていると思うんだよね。今から見るとほんと創造的な時間でしたよ。

—そうなんですよね、決して何もしてないわけじゃないですよね。—
落合:混沌としてるけどさ。僕は辛いときに、ほとんど引きこもっているというかテレビも見ないし、音楽も邪魔くさくて聴けないし、雨戸閉めたまんまみたいな。そんな状況だったんだけど、ある時、たまたまラジオ聞いたのね。そしたら、そのときに「今の若い子たちは携帯電話を手放せない」とか「メール手放せない」とか「1人になるのが怖いから」みたいな、普通の話が流れてたのよ。

それ聞きながら、「俺って4年も5年も、朝目が覚めればダメな自分を責めて、ほとんど人にも会わず。1日中自分の中の嫌な部分と向き合い続けてるんだなぁ」って、ふと思ったのね。

そのとき、急に「そんな状況に長時間いられる俺は、ものすごく強いんじゃないか!?」とか思ってね。それ思えたら、急激に楽になったのよ。

—それは何年ぐらい前の話ですか?—
落合:コーチング勉強する1年~2年前だから…12~13年前ぐらいかな?

うつ病時代

—差し支え無ければ、うつになったきっかけとかお伺いしてもよかったりしますか?—
落合:きっかけか。子供のころから父親とすごいぶつかり合ってたのよ。衝突し合って。父親が何でもかんでも自分の決めたとおりにしないとみたいな、争ってて。それが30歳になったぐらいかな?いっぱいいっぱいになっちゃって。でも、それはいろんな要素のうちのひとつだと思いますけど。ひとつのドラマでさ。

そんな状況から抜け出したいから、自分のやりたいことやろうと。そんなこと考えてたら不眠になり始めて。それでセラピー、心療内科も行き始めた。もともと知り合いだった、その分野ではとても有名なセラピストの方を訪ねたんだけどね…。

そしたら、その人との関係でさらに、追い込まれていって。「君のような大変なクライアントには出会ったことがない」とかね。「君は一生、僕のセラピーを受けてないと自殺する」とかね。

—あああ…。—
落合:そう、セラピーにいけばいくほど、どんどん大変になっていった。僕もその人の元でずっとセラピーを勉強してて、続けたかったから彼に睨まれたらやれなくなっちゃうわけね。完全な権威だったから自分も信頼してたし、信じ込んでたからね。

—そりゃ、そうなりますよね。—
落合:俺もうどうなっちゃう?ぐらいの大変さで(笑)。うちの親にも電話で「拓人さんは、もう一生社会に適応できないぐらいの病です。お父さん、お母さんが亡くなったあとも私ができるかぎりの面倒を見ますから元気なうちに一生分のカウンセリング代を用意しておいてください」みたいなね。

—そうですか…。それはキツイ。—
落合:でも、昔から知っていた外国人のセラピストの方に、たまたま会った時に訳を話したら、その人が「否定的な権威を信じる必要はない」って言ってくれたんだよね。「あなた、そのセラピーと自分の人生どっちが大切なの?」って言われて。そりゃ、そうだよねって(笑)。

—そうですね(笑)。どっちを信じるかって言われれば。—
落合:それで、やめようと決意した最後のセッションのときね。「君は僕から離れたら死ぬよ」みたいなことを言われたんだけど、「一生セラピストから離れられない人生より、死んでも自由になる方を選びます」って。そのあとは人生最大の修羅場でしたけどね(笑)
その直後に大きな地震が起こってね。誰もが覚えているような大きな地震だったので、とても印象的でしたけど。

—そうなりますよね…。そこから脱した後は家に引きこもられる状態にもどったんですか?—
落合:それからあっという間に元気になりましたよ。2週間たって「あっ、俺まだ生きてる(笑)」、1ヶ月して「なんだ、俺生きてるじゃん!(笑)」「しかも幸せ感じちゃってる(笑)」みたいな。いま思えば、そこまでは「権威」に魂を売り渡していたんだよね。

目覚め:朝起きたら世界が輝いてた

—さっきのラジオ聞いたタイミングと近しい時期なんですね。—
落合:そうそう。決別できた自分になれて、エネルギーが出てきたみたいな。それから半年ぐらい経って、ようやく「元気にはなってきたけどこれからどうすんべ?」みたいにときに、朝起きたら世界が輝いてた。

9月1日だったと思うんだよね。それまで、朝起きてもカーテンも開けられなかったのが…。なんか朝早くに目が覚めて、気分よくて窓開けたら「なんか世界が輝いてる」と思って。それでそのまま、外に出て1時間ぐらい散歩したら、なんかすべてが輝いてる。

次の日も気分よくて朝から散歩とか行って。3日目、4日目ぐらいになったら走りたくなって。もともと高校生のとき陸上部で走れたから、なんか走りたくなっちゃって。でも、そのときはもう抗うつ剤とか飲んでたから、標準から10キロ以上太ってて、重くて走れないんだけど、ちょっとずつ走って。そしたら、1か月ぐらいで10kg以上減ったんだよね。

—へーー!!!—
落合:そのときは、朝から晩まで色んなことに感謝感謝で、1日に何回も何回も涙流すみたいな。「あー幸せだ~」みたいな。「こんなにも沢山の人に支えられてた~」みたいな状態になって。

—すごいですね。—
落合:そのときに「あっ、俺今まで神様とケンカしてたけど、神様とのケンカやめたんだ」って思ったね。

—うんうん…なるほど。—
落合:で、一日に何回も感謝の涙流してたような時期が半年ぐらい続いたのかな。

—え~、半年も!?—

落合:うん。多分そのあとも意識としては同じなんだろうけど、それが自然になったのか、ちょっと薄まったかは分からないけどね。そのころになって、ずいぶん何年間も友人、知人とも疎遠になってたから会わなきゃと思って色んな友達に電話したりすると、誰も分かんないのよ。

—違う人すぎて(笑)?—
落合:そうそう(笑)。「俺、俺、拓人、拓人」とか言っても「え?どちらの拓人さんですか?」「いや、俺、俺」「どちらの拓人さん?」みたいな。全然分かんない。その半年よりちょっと前ぐらいから会わなかった人と街とかで偶然、直接会ってるのに「よう!」とか言っても分かんないんだよね。なかなか分かってくれなくて。

問題が昇華していく

—すごい体験ですね! ちなみに…その時、お父さんとの関係は?—
落合:自分の中では、父親がいてくれることへの感謝の気持ちをもてるようになってましたけど、考え方の食い違いから言い争いになってしまうことは相変わらずで。

—そうですか…。—
落合:でもその後、父親に対しても、とても平和で安らかな気持ちになって、父も父なりの考え、父なりのやり方で俺のことを支えてくれてたんだなぁとか感謝の気持ちを自然に持ち始めたのね。

そしたら、しばらく経って父親のほうから「今までお前の幸せのためを思って色々やってきてたけど、本当はお前のためになってなかったんだな。お前のことを苦しめてたって分かった」って言われて。「もう歳だから、あとどれぐらい生きられるか分からないし、できることも経済的な援助ぐらいで、やってやれることもないかもしれないけど、これからはお前の好きなようにやって、それを応援する」って。

—解決っていうよりも、問題が昇華した感じなんですね。クリーンになったというか…。—
落合:そう。さっきも言ったけど、神様とのケンカをやめたのね。「そっか、自分がケンカしてたから人生うまくいかなかったんだな」みたいな。

よく言われることだけど、自分が変わると外側が変わる。関係性が変わるとか環境が変わるとかは、こういうことなんだなって、そのときは大きく実感したよね。自分が変わると世界の見方も変わるし、世界が変わるし、関係性とか環境も変わるって。

—まさに…。—
落合:その辺で色んなものを手放した感じだよね。若いころから心理学とかスピリチュアルな本とか山ほど読んで知識詰め込んで。自分に自信がないから知識の武装。難しいこと何でも言って、言い負かされないようにしてたくせに全然人生うまくいかない。だから「こんな本なんか何の役にも立たなかった」と思って。千何百冊近くの本をトラックで古本屋に売っちゃったり。

—スパッと。—
落合:絶対手放したくないって思ってた本もあったけどね。そういうのも全部手放したら自由になったよね。ものすごく怖かったけど。

—それがなくなった後は、どんな感じでしたか?—
落合:もう誰かの言葉を使ってとか、何かの本に書かれていた言葉を使って人とやりとりしなくてもいいみたいな。自分の中に残っている言葉だけ使えばいいとかね。自分の中に残っているものを自分の言葉で言えばいいし、分からないことは分からないって言えばいいやみたいな。それで、すごい自由になった。

—先ほどのコーチングの話にもでてきた自分のコアの中のインナーパワーを疑っていた時期だったんですかね?—
落合:信じられなかったよね。頭では、知識としては分かっているけどね。

でも、本捨ててから、すごい大きく変わったのね。ようやくそれで元気取り戻して、またワークショップ行き始めたら…。自分が前とは違ってたんだよね。

—どんな点ですか?—
落合:それまでね、道に迷ってても、人に「ここまでどう行ったらいいですか?」って聞けなくて、1人でグルグルしてるタイプの人だったのね。職場でカラオケに行っても、歌えないから隅っこで2時間3時間黙ってて、ただ飲んで終わりになったら「お疲れさま」って言って帰る人。

なんだけど、ワークショップ行き始めたら初めて会った人とかに「拓人さんって、なんでそんなに自由人なんですか?」とか「なんでそんなに、いつも自然体でいられるんですか?」とか言われて、えっ?えっ?そんなふうに見ている人もいるんだと。また別のワークショップ行くと同じようなこと言ってくるんだよね。どこに行っても同じようなことを言われるようになったんですよね。不思議だったね。

—激変ですね! —
落合:そしたら、若い頃から僕のことを知っている、僕が信頼している知人の方から「こんなに大きく成長した拓人さんの姿が見れて本当にうれしい」と言われて、えっ?そうなの?と思って。全然気がついてなくて。「えっ?拓人さん自分の変化に気づいてないんですか?」とか言われて、そこで初めてもしかして俺って変わったの?(笑)。

—そこに気づいてみて、どうでした? —
落合:「あ~そうなんだ」ぐらいでしたね。なんか普通じゃんみたいな。それが、ちょうどコーチングを勉強し始めた年ぐらいかな。

—そこからCTIとかに行き始めて。—
落合:そうそう。

コーチングを学び始めたキッカケ

—ちなみにコーチングへの興味は、どこから来た感じなんですか?—
落合:ずっと学んでいたセラピーは、やれなくなっちゃったから。お尋ね者だからね(笑)。何か代わりになるものはないかと。

—ウォンテッド(笑)。—
落合:そうそう。でも十何年とかもっと勉強し続けて、すごいお金も時間も使ってるわけで、これ使えなくなっちゃったらもったいない。これだけ勉強してきたものを何か役立てられるものはないかなぁと思って。で、コーチングを見つけて。カウンセリングとも似てるし、いままで学んできたスキルは活かせるかなと思って。とりあえずやってみようと。

—なるほど。「とりあえずやってみよう」っていうポジティブさと軽さがよかったんでしょうね。—
落合:はじめは小さなコーチングスクールに行ったんですよね。でも学び的には満足のいくものではなかったので、CTIに行くことにしたんです。

アメリカのCTIでコースを受けてきた知人が薦めてくれたんですよね。拓人さんのスタイルに合っているかもって。CTIに行って、それでもこれは何か違うと思ったら、コーチングは自分がやりたいこととは違うんだろうくらいの気持ちだったんだけど。

それでCTIに行ってみたら、すごく自由でね。そのときにリーダーだった人に事情を話したら、「じゃあ、CTIでCPCCの資格とってプロコーチって言いな」って言ってもらって。

「資格とるまではCTIの考え方をきっちり学んでもらわなきゃ困るけど、資格とっちゃったら、これまで勉強してきたことを自由に使って、自由にやっちゃえばいいんだよ。コーチなんていうのは、自分のこれまでの経験とか知識を全部使ってクライアントの役に立てばいいんだから。CTIの資格とか看板は自分のやりたいことをやるために都合よく使いなさい」って。

—それで、決意が固まったと。—
落合:そうそう。

—コーチって、本来的には、わりとフリースタイルですもんね。—
落合:コーチングの初期のころからやってる人とかは、余計な決まり事とか手順とかルールとかすごい少ないんだよね。それを自由に使って、いかようにでも使えるみたいなね。

—ツールとかを用意するのはスクールの務めとしてやる必要はあるけども…そういうことじゃないんですね。—
落合:やっぱりコーチングのもともとは、クライアントが持ってる潜在能力というか持っている力を十分に発揮する。それを止めている心の声だったり何かを脇にどかす手伝いというか。

今コーチングっていうと目標を達成することみたいになってるけど、コーチングで成果が出ましたって話聞いても、目標を達成することができましたっていうのはすごい聞くけど、それによって自分の能力が大きく目覚めたとか人生が大きく変わりましたっていう話はそんなに聞かない。でもコーチングの可能性を最大限活かせたら、本当に大きく人生が変わって、大きく自分の能力が目覚めたりとかできると思うんだよね。

—トマス・レナードさんっていうコーチングの祖がいらっしゃいますよね。その人のポータブル・コーチっていう本の一番最初のページに「Become Incredibly Selfish」書いてあるんですね。日本語にすれば「びっくりするぐらいわがままに、自分勝手に」みたいな。それ見て、なるほど!と思いました。「わがままに」って「人の迷惑を顧みず」という意味ではなくて、「びっくりするぐらい自分自身でいる」という。—
落合:シェリル・リチャードソンってICF(国際コーチ連盟)の初代会長でしたっけ?彼女の昔の翻訳本の最初に、良い意味での自分本位になろう。優先リストの一番上に自分自身を据えよう。あなたにはそれだけの価値がある。って。僕が一番最初に読んだコーチングの本ですね。

—このニュアンスはちょっと誤解を招きかねない表現にはなるんですけど、そんなサポートをするのがコーチングであると考えてらっしゃるんですね。—
落合:そうそう。

トマス・レナード
アメリカで、コーチング業界を開発、発展させてきた中心的な人物。日本にある色々なコーチングスクールも源流をたどると彼にたどり着く。元ファイナンシャルプランナー。Amazon著書リンク
シェリル・リチャードソン
国際コーチ連盟の初代会長。生活の質を落とすことなく仕事での成功を勝ち取ろうとする国際的企業や個人を支援する。 講演者としても、アメリカの有名大学、大手企業などへ出向き、プログラムを企画・提案している。『理想のわたしになる! 最強のセルフプ ロデュース術』『しあわせ練習帳~少しの変化で、あなたはHappyになる!』(以上、きこ書房)など『ニューヨークタイムズ』紙でベストセラーとなった数々の作品を残す。全米のみならず世界に向けて、人々に 生活の質向上のためのヒントを提供するネット上のコミュニティーサイ トを運営する。サイトはこちら

トランスパーソナルを学んできた過去

—ここでちょっと時間軸が急に戻るんですけど、若いころからトランスパーソナルを学んでらっしゃったとのことですが、どうしてそういう興味をもったんですか?—
落合:中学生ぐらいから、いわゆるオカルト好きだったのよ。そのころ超能力少年とかのブームで、自分もスプーンが曲がったりとか。

トランスパーソナル心理学(トランスパーソナルしんりがく)
1960年代に展開しはじめた心理学の新しい潮流で、行動主義心理学、精神分析、人間性心理学に続く第四の心理学。 人間性心理学における自己超越の概念をさらに発展させたとされる。人間の究極的な目的とは、自己を越えた何ものかに統合されると考え、そのための精神統合の手法を開発した。
wikipediaより

—ユリ・ゲラー的な。—
落合:うん。それが何か当たり前の世界。中学生ぐらいまではスプーンとかが簡単に曲がってたんだよね。

—えー!そうなんですか?—
落合:うん。でも友達とかから「お前インチキだ」とか「お前ウソつきだ」とか言われて曲がらなくなったから、意識ってそういうもんだなぁとか思ったけどね(笑)だから、それをやっていて、自分の能力を開発するとか、そういう本とかを読んでたのね。願望は実現したかった。願望実現の瞑想法みたいな本とかあったから、それ読んで瞑想したりしてたもんね。

—その当時の願望って何だったんですか?—
落合:普通のことだよ。金持ちになるとかね。女の子にモテたいとか、もっと人気者になりたいとかね(笑)

そのときは願望を実現したいとか自分の欲求を叶えたい瞑想だけど、高校生の頃に日本の瞑想の第一人者っていう先生と出会ったんだよね。インドに行って瞑想して悟りを開いたみたいな人(笑)。日本の精神世界のパイオニアとか呼ばれてた人で、日本にピラミッドパワーを初めて紹介したりとかね。

—ディープですね(笑)—
落合:その先生に瞑想を習って。そのときは親との関係もすごい大変でしょ?これ、悟りを開くしか解決方法ないやとか思って。

—なるほど—
落合:だから高校卒業してから、アルバイトでお金をためてはインドの瞑想道場に行ったりしてましたよね。親とやり合ってるさなかだったから完全に現実逃避だったけど(笑)。

でもそのときは、とても平和な時間でしたよ。でもさ、日本の生活に戻ればそんなのって続くわけないじゃない(笑)。
で、僕の瞑想の先生がトランスパーソナルを日本に紹介していた吉福伸逸さんとお友達だったんですね。それで講演とかを聴かせてもらう機会があって。

—おおお、吉福さん…。—
落合:当時トランスパーソナルとかニューエイジとかホリスティック医学とかニューサイエンスとか、山のように翻訳本を出していたから、片っ端から読み漁っていた。僕の学びの原点だよね。

—工作舎からいっぱい出てましたからね(笑)—
落合:そうそう。

吉福 伸逸(よしふく しんいち)
翻訳家、セラピスト。岡山県倉敷市生まれ。早稲田大学文学部西洋史学科中退後、バークレー音楽院で学び、ジャズベーシストとして活動。1972年からカリフォルニア大学バークレー校でサンスクリット語、東洋思想を学ぶ。帰国後、翻訳者となり、C+Fコミュニケーションズ、C+F研究所を創設。スピリチュアル、ホーリズム、トランスパーソナル心理学などを紹介し人気を博す。1989年からハワイ在住。2013年4月29日肝臓がんのため死去。※wikipediaより

著書一覧(Amazon リンク)

—そのときの興味は、悟りに向かうことだったんですか? —
落合:そう、最初のころはね。でも、途中からは変わったよ。そんな自分じゃ社会に適応できないから、社会にもっと適応するのが目的になって。だからサイキックな部分よりも、もっと現実的な心理学を学び始めたって感じかな。で、ワークショップ受けまくりの生活になると。

—じゃあそのときは現実世界での、ちゃんと地に足着いていくためにという感じにスライドしてたんですね。—

落合:そうそう。俺適応できない、適応できないって。で、結局いまだに適応できてないけどね(笑)。

—ハハハ(笑)。そのときのイメージとしては、真っ当な社会人というか、9時5時でちゃんと通い、普通に暮らせるみたいなところに目標があったわけですね。—
落合:そうそう。はやく人間になりた~い!って(笑)。途中からはもう諦めましたけど(笑)。

—当時は、仕事とかは、どうされてたんですか?—
落合:何年間かはちゃんとした会社員として働いてましたよ。僕、カメラマンというか写真家とかになりたかったから、写真の専門学校に行ってたのよ。まぁ親との関係で途中でやめちゃったんだけど。そのあとコダックの現像所、プロラボとかで働いたりしてたなぁ。

—では、金銭面的には大丈夫だったんですね。—
落合:いやー、全然だよ。ボーナスなんかは全部ワークショップ代に消えてたし。だからお昼ご飯とか削ってましたよね。

—あらまー。—
落合:セラピー受けるために家からご飯だけ炊いて持って行って、それにふりかけだけかけて食べるとか。でも当時、周りにそんな人もいっぱいいましたよね。セラピー貧乏っていう名前がついてましたね(笑)。

—そういうジャンルに興味がある方が多かったんですね。その時期の方とお話してると、やっぱり男性が圧倒的に多いですよね。—
落合:男性のほうが圧倒的に多かったよ。

—今は、その手のジャンルは女性が多いので、不思議だなと。—
落合:性別もそうだけど、当時は、そういうのを学びたい20代いっぱいいたんだよね。みんなアルバイトしながらワークショップ受けたりとか、インド行ったりとかアメリカ行ったりとか、バックパッカーだったりみたいなね。30代になってワークショップに行くと、自分の下の世代がいなくなってる。40代になってまた下見たら、あんまりいないなみたいな。ずいぶん変わったなと。

—それって何年代くらいですか?—
落合:90年代前半。80年代後半から90年代前半。

—ヒッピー文化と重なるわけでもない、みたいな時期なんですね。—
落合:ギリギリそんな人もいましたよ。

—多分そのあとスピ系ブームで女性的な感じになっていくと…。—
落合:そうですね。スピリチュアルっていう言葉はその当時はなかったけどね。

—どういう表現でしたか?—
落合:僕なんかがそういうのを勉強始めたときは、ニューエイジ。新しい時代がやってくるって言って。新しい生き方とかね。

—ニュー何とかって多かったですもんね。音楽でもニューウェーブだとか。—
落合:ニューサイエンスとかね。スピリチュアルっていう言葉が広まったのは、90年代の半ばくらいかな?

スピの前に癒やしブームみたいなのがあって、そのあとですよね。で、オウムの事件があって、そのあとスピリチュアル的なヨガとか瞑想とか言ってた人が表から消えちゃったみたいな。その辺ですよ、多分。ヒーリングミュージックが流行り始めたとか。

—おもしろいですね〜。—
落合:そのころ、僕も会社辞めて、会社に適応できない人間になっていたから原宿でお店出したりしてたよ(笑)。

—えーーー!!!—

第三弾に続く

過去も学びも超えて(3/3):落合拓人さん

2017.06.10

悩みを越えて成長していこう!

あなたが今、本当の自分の姿を探しているとすれば、一人で解決していくのに苦しさを感じる事があるかもしれません。そんな時、コーチはあなたに寄り添います。2人で話しあえば、きっと楽に進めるようになるはず。私は、そんなあなたの心の越境をお手伝いいたします。