会社の同期と久々に飲み会。個室でワイワイさわいだ。
みんな大きく部署が違うせいもあって、彼らの仕事話は面白い。
不満やいい話をたくさん聞かせてもらったが、総合すると、うちの会社はあまりよい状態ではないようだ。うちは比較的大企業。しかし大きすぎるのだ。それが故に、不景気という一言では済ませないような構造的な限界がきている。それを年寄りの経営陣がどうにかしようと色々としているのだけど、どうも空回りしているようだ。
その変化は、今の経営陣の世代では変えられないだろう。僕らの世代は、時代の過渡期に遭遇しているのかもしれない。
Twitter / Parallellinien (via atm09td)
(出典: nakano)
新宿にて。
ふらふらしていたら、中古カメラ屋さんを発見。手持ちのRollei35がどれくらいで売られているのかを確認しようとふらり立ち寄る。僕がこのカメラを買ったのは、かれこれ7年前くらい。ちょうど、デジカメが小型化を目指していて、デジタル一眼レフが発売され始めた時のことであった。
中古のコーナーを覗いてみると…。。衝撃の安さ。ニコンやキャノンの汎用機のボディが1290円とか…。高くても、10000円くらい。オリンパスのPENなんかも数千円レベル。これは、他店競争の価格下げというよりは、投げ売りに近い。ついでに見ると、2,3年前の小型デジカメも数千円で売られている…。(状態はあまりよいものではないが…)あまりニーズがないのだろう。
Rollei35は置いてなかったが、基本的にレアモノ以外は安値でしか販売されていないようだった。一抹の寂しさを感じながら、店を後にした。
私は82年生まれの30歳。青春時代とシンクロするようにデジタル化の波が訪れた。高校生の頃は、みんな写ルンですを片手に旅行していたが、大学生の時にはデジカメへの移行がはじまっていた。そんな過渡期だったため、利用者側にはまだアナログ神話的な強みがあった。
”印刷した時に画像がデジデジしていたりする”、”デジタルにはアジがない”、”アナログのほうが写りがいい”、”電池が切れやすい”などなど。写真は印刷するべしという基準がまだあったことにもよるのだろう。
理由は漠然としたものだったが、ご多分に漏れず私もなんとなくのデジタル嫌いだった。そんなさなかに救世主の如く現れたのが、ロモやホルガなどのアナログのトイカメラである。チープな写りがデジタルにはない哀愁を感じさせ、かつ”作りが荒い=個体差がある”という事実がユーザの所有心をくすぶった。私も家の周辺の猫や踏切、車などをパシャリパシャリと撮りまくり、アルバムで部屋に飾ったりして楽しんだ。
その後、PCがどんどん生活に入り込んできた。デジカメを持っている友人たちは、PCに画像をため、印刷せずにCD-Rで共有し始める。そうなると、アナログで録った写真も、フィルムスキャナにかけてデジタル化するという逆現象が起き始める。終いには、実家の写真屋(一時期やっていた)の手伝いをした際に、Fujiのフロンティアという現像印刷機が現像したフィルムをデジタル処理して印刷している事実を目の当たりにし、私の中のアナログ神話は終わりを告げたわけである。
2013年、SNSもクラウドサービスも進化して、どんどんとアナログである理由が減っていくカメラという機器。「デジタル一眼っていうけど、デジカメってそもそも一眼じゃん!でかい必要ないじゃん!」という疑問もミラーレス一眼が解決し、iPhone搭載カメラは小型デジカメを不要にした。
すでに「カメラ」という名前は”機器”から”機能”に移行しているのだ。
それを踏まえて、最近のデジカメラインナップを見ると面白い。
キャノンは極端なミニ化を測り、ペンタックスは小型でカラフルなラインナップを発表。
各社、防水加工やアウドドア仕様(ショックに強い、GPS搭載など)などに移行し始めている。
これは、正しい変化であるように感じる。
行為にフィーチャーして、未来を描いてこその道具なのだ。
モノの形は変わるかもしれないが、その未来が暗いことはないはず。
僕らが変わらなければ、過去のそれは哀愁になるが、最新から始まる人には未来でしかない。
そう思った。